プロジェクト

時花(トキハナ)

森脇裕之

http://beyond-spaceart.net/wp-content/uploads/2011/04/tokihana.flv

月が好きだ。

月は古くから神秘的なものの象徴だった。満月の夜には、清らかでいながら、そこはかとない怖さも感じる青白い月光を眺めると、それはよく理解できる。そんな月に大昔から人々は敬意をはらっていた。その一方、20世紀になると、人類の科学力の頂点を極めるための目標として月が選ばれた。20世紀の科学者たちは競って月を目指した。このようにまったく異なった観点から、月に意識が向けられたわけだ。月面上では神秘と科学が出会いがある。それはアートとテクノロジーの出会いの場であるといってもいいと思う。

本来両者は異質なものとされているにもかかわらず、本質的なところで、奇妙な共通点を感じることが多い。それらが矛盾なく存在できるものの対象として、今回の作品のイメージを月に求めた。丸い回転盤の上で月面を歩くことをイメージしながら、神秘と科学の融合を想像してもらえたらと思う。

アポロ計画から30年が過ぎ、当時の宇宙礼賛は過去のことになってしまった。しかし新世紀を迎えて、新たなフロンティアとして再び宇宙がクローズアップされている。30年前に月着陸のテレビ中継に熱中した人々の記憶は薄れても、人類が月に到達した事実は残り続けている。今もなお、人類の偉大な一歩はそこに印されているのだろうか気になっている。12人のアポロ宇宙飛行士の次に、月面上に立つのは誰なのだろう。プロジェクターの光をさえぎるように立つと、回転盤上に自分の影が残される。足跡を残すということは、今回の作品にとって重要な意味を持つ行為である。

円盤画像

時間・花について。

花はそのイメージのみであるわけではなく、時間のなかで咲いてゆき、やがて枯れる存在である。「トキハナ」という奇妙なタイトルの作品は、時間の中で現れては消えるものたちを表現している。

プロジェクターより発せられるイメージは、回転盤の蓄光塗料面に焼き付けられるが、その直後から時間の経過とともに薄らいでゆく。時が経ってぼやけてしまった光の記憶は、何ともつかみどころのない幽霊のようになって消えてゆく。しかし、回転盤上では消えてゆくばかりではなく、同時に新しい誕生も起こっている。最初は印象深いイメージでも、消えてゆく頃には次の印象によってまったく生まれ変わっている。絶えず回転し続ける回転盤の一周を花の一生だとすれば、それが幾重にも螺旋状に積み重ねられるのが、時間だと思う。そしてそれがわれわれの認識を越えた遙か向こうに始まり、彼方までそれが積み重なってゆくのが、宇宙の時間だ。

ファッションモードの流行り廃りのように、文明の興廃ですら、宇宙的な時間から見れば、時間の流れに咲いた一輪の花のようにも見える。気の遠くなるような時間感覚だ。すべての始まりから何周目かは、まったくわからないが、われわれはその時間の回転の中にいることは確かだ。

常に回転し続ける円盤の上に乗っていると、ぐるりと視点がまわってゆく。盤面に生成しつつある光の痕跡とともにめぐってゆく。われわれは、宇宙の中にいて、宇宙とともにめぐっているということを、あらためて認識する機会がほしいと思う。回転盤の上で立ち止まって、足下に焼き付いたばかりの光の花を見つめ続けたなら、それが崩れて消えてしまう頃に自分はひと回りしていることになる。

それを繰り返せば、時間もめぐるし、意識もめぐる。回転盤は常に移動していて時間を刻み、イメージは常に現れ、消えてゆく。そこに現れる「時花」は華やかなようでいて、さびしい気持ちを起こさせる。天文学者はいつも、宇宙の定理を計算しながら、涙を流しているのではないだろうか。