beyondについて

宇宙芸術宣言

これほどまでに、人間が自らを窮地に陥らせた時代があっただろうか。これほどまでに、人間が自らと環境との関係性を見失った時代があっただろうか。

エネルギー問題、人口問題、2001年9.11、2011年3.11、地球規模ないし宇宙規模の問題に対して、私たちは今何をなすべきか。何を成すべきかを分からないが故に希望を失う人々。一方、希望という名の心を萌芽させることで世界を開拓していく人々。そして、宇宙を開拓していく人々。

1969年、アポロ11号は月に降り立った。「アポロ世代」と呼ばれる、宇宙へ旅立つことを夢に宇宙開発を続けた人類だったが、その夢の時代ももはや終焉を迎えつつある。科学技術の発展や度重なる宇宙開発事業の頓挫も契機となって、現代は宇宙へ行くこと自体が目的ではなく「何のために宇宙へ行くのか」、「何のための宇宙開発か」という根源的な問題を改めて問い直さなければならない時代となった。芸術や科学、工学などの諸領域のみならず宇宙機構や政府の一部もその問題意識を高めつつある。宇宙と人間の在り方が、今まさに問われているのだ。

宇宙観といわれる、宇宙の概念について少し時を遡ってみたい。古代中国には「天人合一」という思想がある。これは、人間は宇宙の一部であり、「天」と「人」、つまり自然と人間が共存して生命活動を営むという考え方である。これは仏法でいう「依正不二」という思想と共通する。依報(環境)と正報(人間)は二分できるものではなく、共存する関係性をもつという考え方だ。これらの思想に基づいて、人間は天体の周期や自然法則に乗っ取った文化を育んできた。自然を慈しみ、生命を尊んだ。古代から人間は宇宙を身近な存在として認識していたのだ。また、バビロニア文明やエジプト文明にも顕著に見られるように、人間は宇宙の原理を用いて数々の文化を発展させてきた。一方、デカルトやニュートンのパラダイムによって宇宙と人間を別個の存在として捉える二元論が提唱され近代科学や産業が発展したが、現代科学の最前線は、古代から続くコスモロジーとよばれる包括的な関係性を捉える宇宙観に回帰している。宇宙科学の先端といえども、宇宙の約96%はダークマターやダークエネルギーとよばれる未知の存在である。つまり、私たちは宇宙のほんのひとかけらしか知り得ていないのだ。宇宙の真理に対する自覚の不足は人間の傲慢を生み、他の存在に対する尊敬と謙虚の念を減退させた。

宇宙とは何か。それは、人間とは何かを問うことでもある。宇宙から自分を見つめることで、人間は初めて自分の存在が何であるかを知る。それは、人間が初めて鏡をみたとき、初めて故郷を出たとき、初めて地球の外へ出たときのように、自分の存在と、環境との関係性に気付くことである。宇宙への旅は、自分探しの旅でもある。「地球外からの視点」というbeyondの研究基盤は、まったく新しい視点から現在の自分や環境を捉え直すための根本的概念となる。あまりにも深刻化した現代社会の問題を打開していくためには、既存の価値観を問い直し、新たな価値を創造していくことが必要である。そして、極度に専門分化した各研究領域をつないでいくためにも、「宇宙」というすべての領域を普遍の真理でつなぐ共通項は欠くことができない。

では、今なぜ宇宙芸術が必要なのか。宇宙観に基づいた文化の営みは古代から現代まで続いてきたが、現代人は宇宙と人間の本質的な在り方を見失った状態にある。宇宙観に基づいた思想の再構築によって、芸術や科学、工学などの諸領域を包括的な領域へと発展し、より人間社会に役立つ研究実践として還元していかなければならない。そこで、芸術という人為の表現を通じて、宇宙芸術は言葉や国境を越えて人々をつなぐ結合力として機能する。宇宙がすべての人間が生来持ち合わせる唯一無二の存在であることを信じて。

宇宙に希望を託すことは、自らに希望を託すことである。そして、宇宙を愛することは、すぐ傍にいる大切な人を愛することである。

私たちは今、地球の存亡を懸けて、宇宙芸術を通じてすべての人々に共感を生み出そうと試みる。宇宙芸術は、人間と環境を包含する宇宙を平和にするための強靭なコミュニケーション・ツールである。

その使命を深く自覚すると共に、現代における宇宙芸術の意義を再確認し、ここに宇宙芸術宣言を行う。



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